イルゼ・コッホは、1906年ドイツに生まれた。第一次世界大戦敗北という鬱屈とした雰囲気に包まれるなか青春時代を送ることとなる。

そんな彼女がナチズムに惹かれていくのは、ごく自然なことだったのだろう。

1936年、ナチス親衛隊幹部のカール・コッホと結婚したイルゼは、翌年に夫が所長を務めるブーヘンヴァルト強制収容所で看守として勤務するようになった。


ここでの彼女の行動は、まるで女王のようであったという。夫が所長であるということを盾に自由奔放に振る舞い、やがて囚人に虐待行為を加えるようになっていったのである。

イルゼは、囚人に対して嬉々として鞭を打ち、数多くの囚人を死に追いやっていった。

さらにそれだけではなく、死んだ囚人の皮膚を加工し、ブックカバー、手袋、ランプシェードなどを作り出していった。

こうしたイルゼの「コレクション」は、次第にその数を増やしていくが、それでも満足できない彼女は刺青をしている囚人を見つけると、その囚人を薬で殺し、皮を剥いでコレクションに加えていったという。

イルゼの一連の行為には、囚人はもちろんのこと、収容所で働いていた親衛隊もドン引きしていたようで、彼らから「ブーヘンヴァルトの魔女」「ブーヘンヴァルトの雌犬」などのあだ名をつけられている。

その後、ドイツの敗戦とともにイルゼはアメリカ当局により拘束されるも、証拠不十分で釈放された。

だが、彼女の行為をドイツ国民は許さなかった。結局、西ドイツの司法当局により再度拘束され、今度は終身刑を言い渡された。

イルゼはあくまでも無罪を主張したが、国際人権委員会にも相手にされず、進退窮まった彼女は息子に「死だけが救い」との手紙を残して自殺したのだった。