フレデリック・ディーミングは1854年に生まれ、14歳のころから船乗りとして各地を放浪していたという。そして、行く先々で問題を起こすお騒がせ男であり、生まれつきのペテン師だった。

そんなディーミングは、1891年に当時の妻マリーと4人の子供を連れてリヴァプールへとやってきた。


ここでも舌先三寸で大家を丸め込み、まんまと借家をタダ借りすることに成功したのだが、その上で妻のことを外では「妹」だと言い張り、近所に住むエミリー・メイザーに求婚していたというのだから、もう滅茶苦茶である。

そして、ディーミングがエミリーを追いかけていた頃、いつの間にかディーミングの「妹」と子供たちの姿が見えなくなっていた。

ちょうど5人が行方不明になったころ、ディーミングは大家に頼んで床をセメントで舗装する工事をしていたという。

理由はお察しの通りである。

こうして、エミリーと結婚したディーミングは、今度はオーストラリアへと現れた。

ここで、家を借りて2人での生活を満喫していたディーミングだったが、しばらくすると大家に黙ってまたも行方をくらましてしまう。

この家は、ディーミングが出ていった後に別の女性が借りることになるのだが、その女性から大家に「家が臭う」とのクレームが入った。

暖炉から異臭がしていることを突き止めた大家が壁を掘り起こしてみたところ、中から出てきたのはエミリーの遺体だったのである。

このニュースがイギリスで報道されると、当然怪しまれるのは件の家の床であった。

掘り起こしてみたところ、予想通り5人分の遺体が発見された。

全国に指名手配されたディーミングは、1892年3月にサザンクロスで逮捕され、そのまま処刑された。

こうした、残忍な手口などからディーミングの正体はあの「切り裂きジャック」なのではないかという噂が流れたが、それも今となっては不明である。