変装の達人で、どんな刑務所からでも脱獄してしまう。盗みのためには殺人もいとわないが、女性を傷つけることだけはしない。

まるで漫画のような話だが、この人物は実在したのである。

その名をジャック・メスリーヌという。

1936年、パリに生まれたメスリーヌは、幼いころからレジスタンスに憧れるなど、ハードボイルドな世界に惹かれていたという。そんな彼が生業として選んだのは、窃盗であった。


要は「法に従うか否かは個人の自由である」という彼の信条を体現するために、犯罪行為に出たのである。

こうしたコソ泥容疑で、何度か逮捕されたメスリーヌだったが、何度釈放されても懲りずに強盗を繰り返し、ついには脱獄不能とまで言われたカナダのサンヴァンサン・ド・ポール刑務所に投獄されてしまう。

だが、メスリーヌの活躍はここからだった。

なんと、脱獄不能と言われた刑務所から脱獄してしまったのである。さらに、脱獄仲間とともに銀行を襲うと、その足で刑務所まで戻り、ほかの受刑者を救い出そうとしたのだ。

もちろん、そんなメスリーヌの活躍は大衆に大ウケ。一躍「怪盗メスリーヌ」として有名になってしまった。

だが、彼は逃亡生活の中で警備員の殺害をしている。決して義賊というわけではないのである。

メスリーヌの大胆不敵さを表すエピソードにこんなものがある。

逃亡中、父が危篤になったという知らせを受けたメスリーヌは、厳重な警備の中、医師に変装し、堂々と父を見舞うことに成功したのである。

どうやら、彼は「怪盗メスリーヌ」という世間の評判に酔っていたようだ。時折、こうした大胆な行動をして、時には捕まることもあった。そのたびに鮮やかに脱獄してみせたのである。

そんなメスリーヌは「俺は生きているうちには捕まらない」とうそぶいていたというが、事実その通りとなった。

ある時、メスリーヌが車を運転していると、前後をトラックに挟まれてしまう。そして、あっという間に警官隊に取り囲まれると、一斉に射撃を受けた。即死だったという。

だが、これはメスリーヌにとっては理想の死だったのかもしれない。結局、警察はメスリーヌを捕まえることはできなかったのだから。