未解決事件|世界不思議事件|凶悪事件まとめ


カテゴリ: 未解決事件

1959年1月27日夕方、若い女性が次々と自転車に乗った少年に襲われた。

この日の被害者は8歳の小学生を含む10人。そのうち区立中学3年生(16歳)が死亡、他3人が重傷を負った。
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その少年の遺体は、全裸で段ボール箱の中に入った状態で発見された。

ボーイ・イン・ザ・ボックス(Boy in the Box)と呼ばれる事件は、1957年2月25日、アメリカ合衆国ペンシルベニア州北東部にある地区で起きた。
被害者はおよそ4~6歳の少年だった。
【ボーイ・イン・ザ・ボックス事件】の続きを読む

犯行があった夜、犬は鳴かなかった。
捜査陣は顔見知りの犯行を疑ったが、事件は有力情報も得られないまま1966年1月9日に時効を迎えた。


【黒山事件】の続きを読む

1949年(昭和24年)8月17日午前3時9分頃 、福島県信夫郡松川町(現福島市)を通過中だった青森発上野行き上り412号旅客列車が、突如脱線転覆した。

列車を牽引する蒸気機関車が脱線転覆、荷物車2両・郵便車1両・客車2両も脱線。
機関車の乗務員3人(49歳の機関士、27歳の機関助士、23歳の機関助士)が死亡した。
【松川事件】の続きを読む

「5分くらいだから、待っててくれ」
1949年(昭和24年)7月5日朝、国鉄総裁である下山はそういって日本橋の百貨店に入り、そのまま消息を絶つ。

翌未明、国鉄常磐線北千住駅 - 綾瀬駅間で汽車に轢断された下山の遺体が発見された。

下山は1949年(昭和24年)6月1日に発足した日本国有鉄道(国鉄)の初代総裁に就任したばかり。
7月5日朝、普段どおり午前8時20分頃に大田区上池台の自宅を公用車で出た。
出勤途中、運転手に日本橋の百貨店に行くよう指示した。
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1949年(昭和24年)7月15日午後9時23分、国鉄三鷹車庫から7両編成の無人電車が暴走。
時速60kmで電車は脱線転覆しながら線路脇の商店街などに突っ込み、男性6名が電車の下敷となり即死。負傷者も20名出る大惨事となった。
【三鷹事件】の続きを読む

発見者は初め、マネキンだと思った。

その屍体は、腰からきれいに半分に分かれていたのだからそう思うのも無理もない。
屍体は完全に血抜きれ、丁寧に洗浄されていた。その白い肌はさながら大理石のようだった。
しかしその大理石のような白さが乳房や大腿の赤黒い傷を一層際立たせていた。
【ブラック・ダリア事件】の続きを読む

「船はアメリカへ漂着させよう」
千葉県銚子沖1,600kmの洋上で、船長は決意した。1926年(大正15年)12月26日のことである。
船の名前は良栄丸。和歌山県西牟婁郡和深村(現・東牟婁郡串本町和深)に船籍を持つ42トンの小型動力漁船。船長以下12名の乗組員が乗るマグロ漁船だった。
【良栄丸遭難事故】の続きを読む

その事件の半年前、その家の女中が「この農場は何かにとり憑かれている」と言って辞めた。

事件の数日前、やがて無残な殺され方をする農場の主人は、雪の上に怪しい足跡(森から誰かが農場へやって来たことを示していたが、戻った形跡がない)を見つけたことや、屋根裏で足音を聞いたことも知人に話していた。

そして事件は1922年3月31日の夕方に起こった。

現場はミュンヘンの約70km北の小さな農村、ヒンターカイフェック。農場の一家6人が次々に惨殺された。凶器はつるはしだった。
【ヒンターカイフェック事件】の続きを読む

1872年12月5日、イギリス船デイ・グラチア号は、ポルトガルとアゾレス諸島の間の大西洋を漂流する二本マストのアメリカ船を発見した。

事故の発生を予感したグラチア号はアメリカ船に近づき、船を横付けにした。
声をかけてみたが、返事はない。そこで船長以下、数人の乗組員が乗り込んで中の様子を確認することにした。 【メアリー・セレスト号事件】の続きを読む

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